富士山の山頂は何県?【意外と不正解者続出!】「静岡でしょ!」「山梨じゃないの?」→え、意外…!

  • 2026年02月19日公開

「仏の顔も三度」って三度なにをされた?【意外と不正解者続出】「ウソをつかれたとか?」→「全然違った…」

こんにちは、ヨムーノ編集部です。

「富士山の山頂は何県にある?」と聞かれて、すぐに答えられますか?

この記事では、誰もが知る日本一の山・富士山にまつわる「境界線」の謎を詳しくご紹介します!

富士山の山頂は何県?

富士山を囲む自治体には、静岡県(富士宮市、裾野市、御殿場市、小山町)と山梨県(富士吉田市、鳴沢村、山中湖村、富士河口湖町)があります。

その中で、山頂はどちらの県に属しているかご存じですか?

正解は…

正解は、「どちらの県でもない(境界未定)」です!

正確に言うと、富士山の「八合目」より上は、特定の県に属さない状態が続いています。山頂付近(正確には八合目以上)は、富士山本宮浅間大社の境内地として認められており、静岡県でも山梨県でもない「県境未定地域」となっています。

富士山の標高ランキング

日本の高い山トップ3を比較してみましょう。

1位 富士山(剣ヶ峰):3,776m
2位 北岳(南アルプス):3,193m
3位 奥穂高岳(北アルプス):3,190m

出典:国土地理院「日本の主な山岳標高」

富士山は2位の北岳よりも約600メートルも高く、日本で圧倒的な高さを誇ります。

なぜ山頂の県境が決まっていないの?

富士山の山頂付近の県境が決まっていない理由は、江戸時代から続く歴史的な経緯にあります。

実は江戸時代から境界がなかった

山梨県の資料によると、江戸時代の地誌「甲斐国志」には「8合目より頂上に至りては、両国の境なし」と記されており、当時から境界のない場所だったことがわかります。

近代になって境界確定が試みられましたが、うまくいきませんでした。

  • 1897年(明治30年):宮内省御料局が境界調査を実施するも、山梨・静岡の両県が異議を唱える
  • 1905年(明治38年):静岡県側が「八合目境界」を主張
  • 1907年(明治40年):山梨県側(旧福地村・鳴沢村)が「山頂に境界を設けること」を要求

両県の主張は平行線をたどり、それぞれが独自に測量を行うなどしましたが、結局折り合いはつきませんでした。

転機となったのは1951年(昭和26年)。当時の両県知事による会談で「境界をめぐって争わない」ことで一致。以来、現在に至るまで境界は「未確定」のまま、平和的に棚上げされているのです。

こうした背景から、国土地理院の地図でも山頂付近には県境の線が引かれていません。実は全国には富士山を含め、県境が未確定の場所が14カ所あるそうです。

実際のところ、山頂にある「富士山頂郵便局」や「富士山特別地域気象観測所」の所在地は、便宜上「静岡県」となっています。

参考:山梨日日新聞「なぜ富士山頂に境界がないのか?」

登山ルートで比較してみると…

県境は決まっていませんが、登山口の数は県ごとに異なります。

  • 静岡県側のルート: 3つ(富士宮、御殿場、須走)
  • 山梨県側のルート: 1つ(吉田)

山梨県側の「吉田ルート」は首都圏からのアクセスが良く、登山客の約6割が利用しています。一方で、静岡県側の「富士宮ルート」は山頂までの距離が最も短く、多くの人に親しまれています。

参考:富士山における適正利用推進協議会

まとめ

富士山の山頂は、江戸時代から境界がなく、明治時代の調査でも決まらず、現在は「あえて境界を決めない」という形に落ち着いていました!

どちらの県のものでもなく、八合目以上は富士山本宮浅間大社の境内地として、「みんなの山」として守られているのも素敵ですよね。

次に誰かと雑談するときに、「富士山の頂上って、何県か知ってる?」とクイズを出してみるのも楽しいかもしれませんね!

りんごのイラスト/タワシ

この記事を書いた人
ヨムーノ 編集部

「くらしをもっと楽しく!かしこく!」をコンセプトに、マニア発「今使えるトレンド情報」をお届け中!話題のショップからグルメ・家事・マネー・ファッション・エンタメまで、くらし全方位を網羅。

こちらもどうぞ

人気記事ランキング 24時間PV集計
雑学クイズ

特集記事

連載記事

こちらもどうぞ