【おもしろ雑学クイズ】初代江戸城の城主は誰?徳川家康ではなく最初に築城した人物とは

  • 2026年04月04日公開

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こんにちは、ヨムーノ編集部です。

江戸城といえば徳川家康のイメージが強いですが、実は家康は「初代城主」ではありません。
彼が関東にやって来るずっと前に、現在の東京の基礎となるお城を築いた天才武将が存在しました。

本記事では、江戸城を最初に築城した人物は誰なのか、歴史の裏側をクイズ形式で解説!知られざる「山吹の伝説」や、江戸という地名の意外なルーツなど、歴史がもっと面白くなる豆知識をたっぷりとご紹介します。

初代江戸城の城主は?

時代劇でもおなじみ、江戸幕府の将軍様が住んでいた巨大な城「江戸城」。
江戸城といえば「徳川家康」のイメージが強烈ですが、実は家康は江戸城を大改修した人物であり、「最初に江戸城を築いた(初代城主)」ではありません。

では、1457年に最初に江戸城を築城した人物は誰でしょう?

  1. 目黒 蓮
  2. 太田 道灌
  3. 文京 氏康
  4. 千代田 秀郷
  5. 港 源十郎

正解

正解は… 2. 太田 道灌(おおた どうかん) です!

家康が来る「130年以上前」の境界線

「江戸城=徳川家康」と思っている人が非常に多いですが、歴史のタイムラインを見ると明確な境界線があります。

太田道灌が江戸城を築いたのは、室町時代の1457年。
一方、徳川家康が豊臣秀吉の命令で関東に左遷(国替え)され、初めて江戸に入ったのは1590年です。つまり、家康が来る133年も前に、すでに太田道灌によって江戸城は作られていたのです。

ただ、家康が江戸にやってきた当時の江戸城は、道灌の死後にすっかり荒れ果てており、屋根は茅葺き(草の屋根)でボロボロ、周りは湿地帯とススキ野原が広がる「田舎のボロ城」状態でした。そこから途方もない大工事を行って、あの巨大な城郭都市へと作り変えたため、「江戸城=家康」のイメージが定着したのです。

東京の基礎を作った「文武両道の天才」

太田道灌は、ただ城を作っただけではありません。
築城技術に優れていただけでなく、川の整備をして船着き場を作り、江戸を「関東の貿易・流通の拠点」として大発展させました。現在の東京(大都市)の本当のルーツ(基礎)を作ったのは、間違いなくこの太田道灌なのです。
(※現在も、東京国際フォーラムや東京都庁には太田道灌の銅像が建てられています)

豆知識:道灌が恥をかいた「山吹の伝説」

太田道灌は戦の天才でしたが、和歌などの教養にも優れた文化人でした。彼を語る上で欠かせない、有名なエピソード(伝説)があります。

蓑(みの)と実の(みの)の掛け言葉

若き日の道灌が鷹狩りに出た際、突然の雨に降られ、みすぼらしい農家に「蓑(雨具)を貸してほしい」と頼みました。
すると、中から出てきた若い娘は、何も言わずに「山吹の花」を一輪差し出しました。

道灌は「花を求めているのではない!」と怒って帰ってしまいましたが、後から家臣に教えられます。
「あれは『七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(蓑)一つだになきぞ悲しき(我が家は貧しく、お貸しする蓑一つすらありません)』という古い和歌に掛けた、娘さんの教養あふれるお断りのメッセージですよ」

これを知った道灌は「自分はあの農家の娘よりも無学だったのか!」と激しく恥じ入り、それから猛烈に和歌の勉強をして、一流の文化人になったと言われています。

武力だけでなく、言葉の教養(境界線)を知ることの重要性を教えてくれる、とても美しい逸話ですね。

豆知識:江戸城は「何代目」の城主という概念がない?

お城の城主を「1代目、2代目…」と綺麗に数えられるのは、同じ一族(例えば〇〇家)の中で、親から子へ順番に引き継がれていった場合のみです。

しかし、徳川家康がやってくる前の江戸城は、様々な一族によって「奪い合い」と「たらい回し」にされていました。家康が入城するまでの持ち主の変化を見てみましょう。

江戸氏の時代(平安末期〜):

もともとこの地で館を構えていた地元の豪族。

太田道灌の時代(1457年〜):

最初の本格的な城を築城。しかし、道灌は暗殺されてしまいます。

上杉氏の時代(道灌の死後):

道灌の主君であった上杉氏が城を自分のものにします。

北条氏の時代(1524年〜):

戦国大名の北条氏が上杉氏から江戸城を奪い取ります。
数え方をさらにややこしくしているのが、4番目の「北条氏」の時代です。

北条氏の本当の拠点は「小田原城(神奈川県)」だったため、大将が江戸城に住むことはありませんでした。代わりに、自分たちの家臣(遠山氏など)を「城代(じょうだい=お留守番の管理人)」として江戸城に派遣していました。

現代のビジネスで例えるなら、「本社は小田原にあり、江戸城は支社として雇われ店長に任せていた」という状態です。

一族の主が住んでいない期間が長く続いたため、「歴代城主」としてカウントすることが不可能になってしまったのです。

おまけ:そもそも「江戸」ってどういう意味?

道灌が城を建てるさらに昔(平安時代末期頃)、この土地には「江戸氏」という地元の武士(豪族)が館を構えていました。

「江(川や海)」の「戸(入り口)」という意味で、川が海に流れ込む湿地帯だったこの場所を「江戸」と呼び、そこに住み着いた一族が「江戸氏」を名乗ったのです。
つまり、徳川家康でも太田道灌でもなく、名前のルーツとしては「江戸さん」が一番最初だった、という歴史の奥深い境界線でした。

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