帰省するときに持っていくべき、たった一つのもの。空間づくりのプロが教えます

  • 2022年12月29日更新

両親と生活時間帯が違う。会話が続かず居心地が悪いーー。久しぶりの帰省では、生活様式の違いがストレスの原因になります。ほどよい距離を保つことはできるのでしょうか。家族と住まい空間の関係について研究している専門家に聞きました。

実家との関係についてOTEMOTOが実施したアンケートには多くの経験談が集まりました。親や親戚と価値観やコミュニケーションのズレがあるという意見はこの記事にまとめていますが、生活時間やライフスタイルの違いを実感するという声もありました。

「生活時間も食事内容も完全にズレており、実家に数泊すると体調が思わしくない」(40代女性)

「私が30年以上も前に使っていた布団などを子どもに薦めてくる。思い入れがあるのはわかるが、ダニ、カビなどが気になったので断った」(30代女性)

「何事もきっちりしないと気が済まない義母は、冷蔵庫のどこにバターを置いたらいいか?などといちいち確認してきます。大半の質問が生活のクオリティにあまり関係のないどうでもいいことのように感じてしまいます」(30代女性)

ふだん別々の暮らしをしている人同士が同じ空間で一定期間を過ごすときには、さまざまな点での折り合いが必要です。衝突や干渉を避けるため物理的・心理的な距離を保てるかどうかが快適さに関わってきます。

「空間の使い方によって軽減できるストレスもあります」と話すのは、「幸せ住まい」をテーマに住生活研究に取り組む、積水ハウス住生活研究所長の河﨑由美子さんです。

「同じ家族でも、暮らす家によってケンカが絶えなくなったり、仲良しになったりします。空間によって人間の振る舞いが変わることを『場ぢから』と呼んでいます。人間の悪い面ではなく良い面が表出しやすい空間をつくることは、設計のおもしろさでもあるのです」

120cm、120度の黄金率

河﨑さんはまず「パーソナルスペース」を意識することを提案します。

パーソナルスペースとはいわゆる「対人距離」で、他者が入ってくると不快に感じるそれぞれの空間認識のことです。国や文化圏、個人によってパーソナルスペースの広さは異なります。

アメリカの文化人類学者のエドワード・ホールによると、家庭内に関係するパーソナルスペースの分類は「45cm以下」「45〜120cm」「120〜360cm」です。

「恋人同士なら15cmでもOKですが、家族は45cmくらいがちょうどよい距離感です。親戚や義理の家族の場合には、他人と同様に120cm以上は離れてほしいと感じる人もいるでしょう」

例えば、祖父が孫のことを「家族」だと感じて膝の上に乗せていても、義理の娘からしたら「他人」なので不快感につながるケースなどがあるといいます。日頃のパーソナルスペースの感覚の違いによっては「近すぎる」「よそよそしい」とお互いに関係の捉え方がズレることもあります。

「一方的に距離を詰められてパーソナルスペースを侵食されると居心地が悪くなります。それを失礼だと切り捨てるのではなく、パーソナルスペースの感じ方は人によって違うという前提を意識しておくといいでしょう」

Adobe Stock / aomas

また、距離だけでなく角度も重要なポイントだそうです。

「正面に座って向かい合うのは、常に視線が合うため最も緊張する形です。最も落ち着くのは、自分は見つめられずに他人を観察できる状態なので、相手と120度になる位置に座るのが理想的です」

つまり、正方形の小さなコタツを義理の家族で囲むのは、距離と角度の両面で緊張が続きやすい状態ということになります。割り当てられた座布団から動けないまま、ひたすら視線をテレビの駅伝中継に注いで時間をやり過ごしてきた人も少なくないでしょう。

そこで河﨑さんがすすめるのは、円形や楕円形などのテーブルに座ることです。

「円形だと対面や90度の位置に座らなくても違和感がなく、自分なりにちょうどいい角度の位置に椅子を動かしたり、身体の向きを変えて座ったりしても不自然になりません」

20畳以上なら「自然に集まる」

出典:積水ハウス住生活研究所「リビングルームアンケート調査(2019年)」

積水ハウス住生活研究所の調査では、リビングは広いほど家族が自然に集まってくる傾向があることがわかっています。

日本の住宅の間取りはリビング8畳、ダイニング6畳、キッチン4畳の計18畳のLDKが一般的ですが、「リビングが20畳以上ある」という家庭の約6割が「家族が自然と集まる」と答えました。

20畳以上あれば、一般的なソファやダイニングテーブルを置いてもゆとりがあることが、居心地よさにつながっていると考えられるといいます。

一方、ふだんでも狭く感じるリビングに親戚一同がすし詰めになると、それだけで物理的に窮屈になります。とはいえ、わざわざ実家を改修してリビングを広げたり、家具を新調したりするわけにもいきません。そこで河﨑さんは、家の中に「居所(いどころ)をつくる」ことを提案します。

椅子を置くだけで

河﨑さん自身は、夫の実家に帰省すると義母が一部屋を「完全なる逃げ場」として提供してくれていたそうです。

「部屋にはテレビやミニ冷蔵庫があり、アイスクリームやビタミンCのドリンクが用意されていて、まるでワンルームマンションのようでした」

「家族団らんのときはリビングに行き、料理の準備や片付けが終わったら私だけその部屋に引きこもってひと息つく。ひとりになれる空間があることで、1週間の滞在でも気持ちよく過ごすことができました」

ただ、住宅事情によっては一部屋を提供することが難しい場合もあります。

「その場合は、家の中のどこかに腰掛けられる場所をつくってみてください。メインの食卓から少し離れたところに椅子を置いたり、壁際にベンチを置いたり。廊下や玄関先にスツールを置いてもいいです。小さなテーブルもあるとお茶を飲めてなお快適です」

「コタツやソファに座らない限りは立っているしかないという二択だと、落ち着きづらいものです。家の中に第2、第3の居所があると、座ってくつろいでいる状態を何パターンもつくりだすことができ、距離や角度のバリエーションも広がります」

ただ、これらはあくまで迎える側ができる工夫です。お邪魔する側が勝手に椅子を動かすわけにもいかない場合はどうしたらいいのでしょうか。河﨑さんは、自ら「居所を持参」することをすすめます。

「キャンプ用のチェアが便利です。軽いし折り畳めるので、『膝が痛いから』とでも言って1つ持っていってみてはいかがでしょうか。ハイバックのものは落ち着けますし、ローバックのものはコタツのそばなどに置いても違和感がありません。プレゼントとして置いて帰ってもそのあと重宝されそうです」

河﨑さんは自宅と実家でキャンピングチェアを愛用中。実家に3脚プレゼントし、帰省したときにはくつろげる居所になっています。

Adobe Stock / smile

リビングに「ひとり空間をつくる」というのは、最近のリフォームやインテリアで人気が高まっているスタイルだそうです。

「これまではリビングの中心にソファセットとテーブルを置くのが主流でしたが、最近はそれぞれデザインが違うひとり用のチェアが部屋の隅に点在しているようなスタイルが、若い子育てファミリーを中心に広がってきています」

これまでの住宅の設計の多くは、ご飯を食べるとき、テレビを見るとき、など、家族で何かを一緒にするシーンを想定したものでした。しかし、家族団らんは「一緒にする」から「一緒にいる」に変わってきているといいます。

「同じ番組を見たり、向き合って会話をしたりするわけでなく、テレビを見ている人もいれば、スマホをいじっている人もいる。それぞれやっていることは違うけれど、なんとなく一緒にいる。無理なく自然な団らんのひとつの形になりつつあるんです」

出典:積水ハウス住生活研究所「リビングルームアンケート調査(2018年)」

「やっと帰ってくれた」

家族団らんの形は、親世代にとって当たり前だった団らんの形から変わりつつあります。家族だからわかりあえるという前提に立つのではなく、家族だからこそお互いの様式や時間を尊重する必要がある、と河﨑さんは話します。

なぜなら、帰省のあり方にも親子のすれ違いが見られるからです。

「子どもは『親は孫の顔を見たいはずだ』『帰省してあげているんだ』と考えていて、親のほうは『会えるのはうれしいけど準備が面倒』『やっと帰ってくれた』とこぼしている。悲しいけれどこんな構図がよく見られます」

「子どもや孫が帰省してくるからと、親は習い事をキャンセルするなど犠牲を払って都合をつけていることもあります。ベビーシッターに頼むとお金がかかる子守りを『孫と遊びたいはず』という思い込みで押し付けられては、親も不満をためてしまいます」

年末年始は帰省するものだから、と何となく予定を決めて、お互いに「相手はもっと一緒にいたいだろう」という思い込みでズルズルと過ごす。相手のことを思って気遣いをしているはずが、本音は違うところにあってストレスにつながることもあります。

「実家に着いたらまず『今回はこういうつもりの帰省です』と情報共有することが大切です」と河﨑さんはアドバイスします。

「いつまで滞在するのか、食事はつくるのか外食するのか、風呂や洗面所をどの順番で使うのかなど、細かいことをなあなあで済ませず、きちんと話し合ってください。まさに親しき仲にも礼儀ありです」

「甘えすぎないことも大切です。布団は敷きっぱなし、使った食器はそのままではなく、自分のことは自分でする。やってもらったことは感謝し、来たときよりもきれいにして帰ろうと意識することも、お互いの負担感を減らすために重要です」

河﨑由美子(かわさき・ゆみこ) / 積水ハウス株式会社 執行役員 / 住生活研究所長。1987年、積水ハウス入社。高校入学までの12年間を海外で過ごした経験や子育て経験などを生かし、総合住宅研究所でキッズデザイン、ペット共生、収納、食空間など、日々の生活に密着した分野の研究開発全般に携わる。2018年8月から現職。一級建築士。 Akiko Kobayashi / OTEMOTO

河﨑さんは自らの経験から「掃除と親孝行はこまめに」とも話します。

大掃除を年に一度するよりもこまめに掃除をしたほうが気にならないのと同様に、親とのコミュニケーションを年に一度の大イベントにしないという意味です。河﨑さん自身、月に数回、在宅勤務の合間に母親とビデオ通話をしながらランチをとっています。

「仕事の空き時間だと『会議が始まるからじゃあね』とぴったり切れますし、働いている様子がわかるので母も安心するようです。干渉が減り、私も帰省しなければという義務感から解放されました。離れて暮らして何十年も経っているので、価値観を合わせようとするのはそもそも難しい。負担のない親孝行の方法を模索しています」

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筆者:小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。

この記事を書いた人
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