「仏の顔も三度」って三度なにをされた?【意外と不正解者続出】「ウソをつかれたとか?」→「全然違った…」

  • 2026年02月18日公開

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こんにちは、ヨムーノ編集部です。

「仏の顔も三度」という言葉は、日常で本当によく使われますが、「じゃあ、三度なにをされたの?」と聞かれると、答えに詰まる人が多いはず。

実はこれ、省略される前の「完全版」を知ると、イメージがガラッと変わる面白いネタなんです。

りんごのイラスト/タワシ

「仏の顔も三度まで」って、三度なにをされたの?

どんなに優しい人でも、何度も失礼なことをされれば怒り出す……という意味で使われるこの言葉。
でも、その「三度」の内容は、意外とソフト(?)な行為だったんです。

  1. 石を投げられた
  2. 嘘をつかれた
  3. 顔をなでられた

正解と解説

正解は… 3. 顔をなでられた(撫でられた) です!

本来の形はこうだった!

このことわざ、実は省略される前はこう言います。

「仏の顔も三度撫(な)ずれば腹を立てる」

慈悲深い仏様であっても、その御顔を三度もなで回されるような無礼をされれば、さすがに怒りますよ、という意味です。

なぜ「顔をなでる」と怒るのか?

本来は「一度、二度は許してくれる」という仏様の広大な慈悲を強調する言葉でもあります。
「一回なでて、あ、怒らないな。二回なでて、まだ大丈夫。三回……あ、怒った!」という、「人間の甘えと慢心」への戒めが込められているんですね。

仏教において、仏様の体(仏身)は非常に尊いものです。
特に「顔(頭)」は知恵が詰まった最も聖なる場所とされています。そこをペタペタと何度もなでる行為は、親しみを超えた「最大の侮辱」にあたります。

「悪いことをする」というよりは、「相手を軽んじて、しつこくバカにする」というニュアンスの方が、本来の意味に近いんですね。

なので、バチが当たるというよりも「対人マナーの心理学」に近い教訓です。

  • バチが当たる:「悪いことをしたら、超自然的な力で不幸になる」
  • 仏の顔も三度:「どんなに優しい人(仏のような人)でも、何度も失礼を重ねれば、人間関係が壊れて手遅れになるよ」

つまり、「目に見えない力に怯えなさい」ではなく、「相手の優しさに甘えすぎて、その人の我慢の限界を超えさせてはいけない」という、極めて現実的なコミュニケーションのアドバイスなんです。

なぜ「三」なのか?

東洋の文化(特に仏教の影響下)において、「三」という数字は「満了」や「完成」を意味することが多いです。

  • 三度目の正直
  • 石の上にも三年
  • 三度の飯より
  • 三つ子の魂百まで

「三」は、人の忍耐が限界に達する「心理的なデッドライン」として設定されやすい数字だったと言えます。

現代の「仏」はもっと厳しい!?

現在の超情報化社会。
現代人の「仏の顔」は、江戸時代の人よりも少し短気になっているかもしれません。

例えば、カスタマーサポートやSNSの返信待ち。心理学的な「待てる時間」の調査によると、現代人は「三度」どころか「一度(一瞬)」の不備で顔を赤くしてしまう傾向(タイパ至上主義)があると言われています。

ことわざ「京の三度、江戸の二度」

実は似た意味で「京の三度、江戸の二度」という言葉もあります。
「京都の人は三度まで我慢してくれるけれど、せっかちな江戸っ子は二度目ですぐに怒り出す」という、地域の気質を皮肉った面白い言葉です。

この記事を書いた人
ヨムーノ 編集部

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